仕事やーい

兄はこのとき、53歳だった。景気回復の兆しが見えず、おまけに中高年の、技術も資格も持たないオトコに安定した正社員の働き口などあるのだろうか。短期のアルバイトならまだしも・・・。兄が来る前に、あれこれ仕事を探してみた。まず手っ取り早い方法として、ハローワークのHPを覗いてみた。

求人情報はたくさんあっても、兄の条件を入れて検索してみるとまったくと言っていいほど引っかからない。正社員にこだわっては先に進まないので、長期バイトに切り替えた。そしてネットで派遣情報を検索すると、私たちが住むY市で倉庫関連の仕事があることがわかった。兄は長く倉庫関連の仕事をしていたので慣れているだろうし、自転車で行ける距離というのが魅力的だった。

姉のほうは、さらに近所の求人を見つけてきた。情報源は新聞の折込チラシで、近所のスーパーがなんと「年齢不問」という条件で求人を出していたのである。50でも60でも仕事に熱意があれば、そうでない若者よりも使い勝手がいいということだろうか。

職種や条件を選ばなければ、不景気な世のなかでも仕事があることがわかった。今は将来の不安に目をつぶって、バイトでつないでいくしかない。

ある程度、求人情報のあたりをつけたころ、兄が電車に乗ってY市にやってきた。駅に到着するころを見計らって姉が車で迎えにいき、そして姉の家での生活が始まろうとした。

半年前では想像もつかなかった展開である。私たちきょうだいが小さい頃は仲良しだったとか、貧しいから助け合ったかというと全然そうじゃなく、それぞれ自分のことが精一杯で、私などは兄と年が離れていたので、私が物心をついた頃には兄は社会人となって、家を出ていた。

兄との思い出といえば、兄は私を散髪屋に連れて行くようにと親に命じられ、連れて行ったはいいが、今でいう大衆理容のような散髪屋のおっちゃんがずらり並んでいる店で、怖くて中に入ることを拒んだことがある。手のかかるうっとうしい妹のはずなのに、兄はさして怒りもせず、困り果てながらも公園で時間をつぶして一緒に帰ったのを覚えている。

そんな兄との優しい思い出があるのだが、そこには気弱さもにじみ出ていた。兄には吃音があり、一歩引いてしまうところが、優しさや気弱さとして映っていたのかもしれない。